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FEATURE 特集記事

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台風被災 コミュニティFM『かずさFM』が得た教訓

2020.03.09

 

千葉県木更津市を中心に、「上総(かずさ)」と呼ばれる房総半島の内房の地域をカバーするコミュニティFM『かずさFM』。2019年10月、この地域を2度にわたって襲った大型台風のなか、同局では木更津市と連携してリアルタイムな災害情報を伝え続けました。

一時はスタジオと送信所を結ぶ通信回線が寸断されるなどの被害を受けながらも、放送が予定されていた特別番組を放送。必要な情報を伝えながらも「いつもどおり」をできる限り貫くことができた、大きなワケとは──。

もっとつながるFM取材班は木更津市駅前にある『かずさFM』のスタジオ兼事務所へお邪魔しました。

 

スタジオの上には「市役所」

東京から電車で2時間弱。JR木更津駅前にある『スパークルシティ木更津』。この2F部分に『かずさFM』のスタジオが入居しています。

かつてこの場所では大手百貨店・木更津そごうが入居していましたが、撤退後いくつかの管理会社による売却・取得の変遷を経て、2015年秋に複合施設としてリニューアル。上層階には木更津市役所の庁舎が入居しています。

今回われわれ取材班は、かずさFMのスタジオ兼事務所で、同局を運営する『かずさFM株式会社』統括部長の松井隆幸(まつい・たかゆき)さんにお話をうかがいました。

実は、かずさFMの経営母体は『マザー牧場グループ』なんです。今回お話をうかがう松井さんは、マザー牧場の出身。かつては牧場のイベントを担当していましたが、人事異動にともない、かずさFMへ出向。現在も牧場に籍を置きながら、放送局の運営を取り仕切っています。

 

「牧場も放送も、人に伝えることは同じ」


##『かずさFM株式会社』統括部長の松井隆幸(まつい・たかゆき)さん

 

──マザー牧場では、どんなお仕事を?

松井さん:マザー牧場では羊の毛刈りショーや牧場案内ツアーを担当していました。しゃべりの経験があるということでかずさFMへの異動が決まったのかなと。

 

──まったく違う業種への異動ですが、抵抗はありませんでしたか?

松井さん:異動内示の際は1週間ほど考える時間をもらいました。でも、牧場のイベントも放送局も人に何かを伝えるということでは共通しているなと。牧場にいるときは畜産のすばらしさを伝えていましたし、ラジオならもっとそれを広く伝えられるのではないかと思い、異動を受け入れました。

 

──日々の業務で大事にしていることはありますか?

松井さん:マザー牧場時代に「表現するスタッフは商品だ」という想いを持って仕事をしていました。それは現在(かずさFM)でも引き続き大事にしています。マイクに向かうパーソナリティがリスナーのみなさんを楽しませようと思ってもらえるよう、安心して情報を伝えられる環境づくりを大事にしています。

 

日頃から取り組んでいた、街との関係づくり

 

松井さんの背後には、自治体や警察・消防などから贈られた感謝状が。日頃から周囲との良好な関係作りに注力していることが、文字通り目に見えるかたちで伝わってきます。

 

──飾られている感謝状の多さにびっくりしました 。

松井さん:街の商工会などのつながりで、普段から木更津市や、いろんな企業の方と交流しているんです。関係性づくりがそのまま自分自身にとっての勉強にもつながっています。

 

──日頃から街のキーマンと関係があるのは大きいですね!

松井さん:なにか新しく始めたり、連携をお願いしたい場合に「いつもお世話になっています」と始められるのが大きいですね。日頃から見知った間柄であれば、初対面から交渉する手間を省いて実務レベルで具体的な連携を始められますから。台風のときも、このことが役立ちました。

 

台風前夜は市長が生放送で呼びかけ

 

そして話題は、台風襲来時の話へ。かずさFMはどのように動き、情報を伝えたのでしょうか。

 

──台風接近から上陸までの流れを教えて下さい。

松井さん:木更津市が台風の暴風県内に入る直前、渡辺芳邦(わたなべ・よしくに)市長が かずさFMのスタジオから生放送で避難や対策を呼びかけました。

 

──市長が直接生放送で呼びかけるというのは、心強いですね。

松井さん:(スタジオが入る)建物の上の階が市の災害対策本部になっていたので、そのまま階段を降りてくるだけで放送(で呼びかけてもらうこと)が可能だったんです。

 

──木更津市と普段から連携できていたことで、災害情報も迅速に伝えられたのですね。

松井さん:はい。すでに市内は外出が危険な状態でしたが、災害対策本部とスタジオが「同居」しているため、対応する職員のみなさんも危険にさらされることなく、随時最新の情報を放送に乗せることができました。これも日頃から関係性を作れていたからこそ。その大事さをあらためて感じました。

 

嵐の山頂で孤軍奮闘

 

──台風によって、木更津市内では広範囲にわたって停電が発生しました。かずさFMの放送に影響はなかったのでしょうか?

松井さん:放送に必要な電気や通信回線が台風によって寸断されるだろう、とは事前に予測できていました。かずさFMの放送電波はスタジオから約20km離れた君津市の鹿野山(かのうざん)から送り出しているのですが、こことスタジオをむすぶ通信回線が切れると放送がストップしてしまう。最悪の事態を想定し、事前に対策を行いました。

 

──対策の中身、詳しく教えてください!

松井さん:台風上陸に先立ち、鹿野山に「仮設スタジオ」を組みました。関連会社が運営するゴルフ場の売店に発電機と放送機材を持ち込み、送信機と直接ケーブルで結んで放送を送り出せるようにしました。これで万が一スタジオが使用不能になっても放送が続けられます。鹿野山には私、木更津のスタジオには1名、計2名のスタッフで待機しました。

 

──嵐の真っ最中に山の中とは、心細くなかったですか?

松井さん:寂しいので、愛犬も一緒に連れていきました。夜9時くらいに食事をとって、待機して…。台風が本格的に上陸する前はなんてことなかったんです。ひと晩のあいだ、停電しないように発電機回せば翌朝には終わるかな、と…。

 

──その後台風が上陸してからは、どのような状況に…?

松井さん:上陸後はまわりも嵐の様相を呈してきて、夜中の2時ごろにまず、送信所に供給されていた電気が止まりました。ここまでは想定できていたので、持ち込んだ発電機を稼働させることですぐに復旧できました。しかし困ったのはここからでした。

 


 

──いったいどんな「想定外」が… 

松井さん:発電機を持っていってはいたものの、(発電機を)回す場所が屋内しかなかったんです。仮設スタジオに使用していた場所は普段ゴルフ場の売店として営業しているので、発電機の排気ガスで匂いや汚れがついてしまうと営業に差し支えてしまう。いざ発電機を稼働する段階になって気づいて、これからどうしようかと…。

 

──専用の建物でない以上、「その後」も考えないといけないのですね。しかし放送は止められないし…

松井さん:はい。放送が止まってしまっては本末転倒だと、結局屋内で発電機を回すことにしました。

 

──室内に排気ガスが充満すると、松井さん自身も危険にさらされてしまいますね。

松井さん:はい。なのでなんとか対策をしようと。まず建物の通路に発電機を置いて、スタジオとして使用する場所とのあいだにゴミ袋で壁を作りました。すると通路が排気ガスでいっぱいになってしまって…。悩んだすえ建物の扉にしがみついて、風で飛ばされないよう体重をかけて開けたり閉めたりしながら換気しました。

 

──命がけですね…

松井さん:UPS(無停電電源装置:電源停止時、内蔵バッテリーで数分〜数時間程度電源を供給する装置)を交互に使用できたので、発電機はフル稼働しないで済んだのが幸いでしたね。発電機用のガソリンが尽きてはいけないので、いったん発電機を回してはUPSのバッテリーを充電し、UPSでしばらく持たせて…の連続でした。

 

非常のときこそ「いつも通り」の大切さ

 

──嵐のなかの奮闘、想像するだけで冷や汗が出てきます…無事台風は乗り切れたのでしょうか。

松井さん:台風の通過中はまだ大丈夫だったのですが、台風通過から2日後の朝にスタジオと送信所を結ぶ通信回線がダウンし、木更津のスタジオから放送ができなくなりました。ここからは鹿野山の仮設スタジオをメインスタジオとして放送を続けました。

 

──パーソナリティの方も、みんな鹿野山へ?

松井さん:はい。みんな鹿野山に来てもらって放送しました。いつもよりちょっと早めに木更津のスタジオに集合してもらって、そこから車で鹿野山の仮設スタジオまで送り迎えして。そこから極力いつもどおりの編成で放送しました。

 

──災害体制を前面に出しても良さそうですが、通常編成を維持したのはなぜですか?

松井さん:たしかに非常事態ではあるけれど、災害情報だけを流していてはリスナーの方も気が滅入ってしまうのでは、と思いました。こういうときだからこそ、普段どおりのトークや音楽で地域の人を癒やす役割が かずさFMにはあるのではないかという声がパーソナリティからもあり、必要な情報は迅速に伝えつつ、できるだけ通常通りの放送を続けることにしました。

 

──緊張が続く日々だからこそ、できるだけ日常を感じたいという気持ちは確かにわかります。

松井さん:以前、タレントのマツコ・デラックスさんがテレビ番組のロケで かずさFMを訪れてオリジナル番組を収録する企画があったのですが、収録された番組の放送予定日がちょうど台風の上陸日で。でも、同様の理由で予定通りに放送しました。

 

──『マツコ・グランプリ in 木更津』ですね。「予定通りの放送」はSNS上でも話題になっていました。

松井さん:リスナーの方からも「癒やされた」「放送がんばってください」という声をたくさんいただきました。遠方に住む親戚から「かずさFMが必要な情報を伝えているから、ぜひ聞いてほしい」と連絡をもらった、という方もいました。

 

災害におけるコミュニティFMの「立ち位置」


 

──災害時にはメディアのあり方がよく議論されます。今回台風を経験した かずさFMとしてはどのような考えをお持ちですか? 

松井さん:私たちの一番の役目は、市民と行政のあいだに入り、情報をつなげることと思っています。実際に被災地でアクションを起こしたいという気持ちもありますが、それによって情報を伝えることがおろそかになってはいけないと思いました。

 

──災害というと「現場レポート」が頭に浮かびますが、そのあたりについてはどうお考えですか?

松井さん:今回は木更津市の危機管理室からのレポートは行いましたが、災害の真っ最中での現場レポートはすることではないなと思いました。むしろ落ち着いて必要な情報を伝えることが重要で、台風の最中に危険な屋外からレポートするというのは、私たちの役割ではないと思っています。

 

──取材に出かけないと、必要な情報を得るのに苦労しませんか?

松井さん:かずさFMでは災害協定を木更津市やNHKと結んでいます。言い換えると、すべての情報を自分たちだけで取材しなくても良いわけです。取材者が誰であっても、信頼できる情報が取れるならそれでよいと思うのです。

 

──取材量を増やすほど役立つ、とは限らないのですね。

松井さん:ただやみくもに情報量を増やすよりも、より必要な情報を精査するなど「必要な情報を必要なだけ流す」ことが大事だと思っています。

 

──地域に根ざしたコミュニティFMとして、今後取り組みたいことはありますか?

松井さん:街の人に電話をつないだりして、情報を伝えてもらう機会をふやしたいと考えています。普段から(街の人に)レポートしてもらうことで「災害時はこんな風に情報を伝えるんだ」というイメージをリスナーの方にも持っていただけるのではないかと思います。

 

──かずさFMの日頃の放送から知ってもらうわけですね。

松井さん:普段からこうやって街の人に電話をつなぐんだ、こうやって情報を伝えているんだというイメージが浸透すれば、災害時も情報が集まりやすくなる。災害時に突然知らない相手から「電話をつなぎます」と言われても、難しいですよね。地域に密着するコミュニティFMとして、日常からどれだけこうした取り組みをやっているかは大事になってくると思います。

 


 

***

かずさFMを救ったのは、まさに「日頃からの関係性作り」。メディアにおいては災害時の役割“のみ”が取り沙汰されがちですが、すべては人と人とのつながりの上に成り立つということを強く感じました。

 

(取材・文:天谷窓大 / 編集・撮影 株式会社トランジットデザイン)

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